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映画
何年ぶりでしょう。パパと映画に行くのは。
朝一番でROCKY THE FINALを見に出かけました。「自分をあきらめない」ロッキーの姿をパパはどう感じたのでしょうか。上映中は泣きまくっていたパパ。以前は感情失禁といわれるように、知らない人が挨拶しては泣き、めがね屋さんのお姉さんに名前を聞かれては、なぜか大泣き。
今は少し良くなって、意味なく泣き出すようなことは無くなって私にとっては一安心なんですが。
私も久々の映画で、しかもロッキー。見た後はやる気満々でしたよ。こういう分かりやすくて、素直に元気もらえる映画は好きですねー。
若い頃は、フランス映画とかマイナーな映画をわかったふりして気取っていたんですけど。
さて、映画が終わり、パパは今度は迷子にならないように私の後をついてくるので必死の形相をしています。なぜなら、映画が始まる前、てっきり付いて来てると思っていたパパがいないのです。「まずい。」
と思った私は、来た道を急いで戻り探しました。以前も大型スーパーで迷子になり、放送をかけてもらったことがあるんですが全然いなくて、私は大ちゃんを抱っこしながら、30分くらい汗だくになって探したことがあったんですよ。
もうそれだけはご勘弁なので、恥も外聞も捨て、「パパー!パパー!」
と。今回はすぐ見つかりましたけど、パパは人が多くてどこにいったらいいか分からなくなったと。「だめでしょ!(ちょっと強めに)」と私。「こんなことなら一人でこればよかった」と思ったり。
映画が終わり、お昼を食べて帰り際、パパが「楽しかったね」と言ってくれました。ロッキーのように「自分をあきらめない」でほしかったから。映画が何かの刺激となってくれるかもしれないという私の淡い期待も あったから。だからパパの言葉はうれしく、いつものように聞きました。
私「何したか覚えてる?」
パパ(少し考えて)「写真とりにきた。」と。
私(心の中で)「なんでやねん」と叫んでいましたよ。
「いいのいいの。そんなものだよ。」と自分に言い聞かせました。
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男同士の絆
今日は私の2歳下の弟夫婦が東京から遊びにきてくれました。弟たちはこの連休を利用し、7月に行われる自分たちの結婚式の打ち合わせに来ていて、忙しいスケジュールの中、パパに会いにきてくれたのです。
パパと弟は、もうかれこれ18年位の付き合いでしょうか。弟が中高一貫の男子校に入学し、柔道部に入り、そこで柔道部の顧問をしていたパパに出会ったのだと思います。(その頃私はうら若き中学生ですよ!)
毎年のように夏休みになれば、パパと生徒でキャンプをしたり、登山したり、冬になればスキーや温泉。「ほとんど生徒の言いなりか。足か。」と思うぐらい、弟を含め多くの生徒が、思春期という多感な時期を一緒に過ごしていたんですね。特に弟とパパは馬が合うらしく、卒業してからもよく遊んでいましたよ。パパが弟に電話してくるときは、不思議と私が電話を取り次いでいたんですよね。(その頃私は少し大人びてきた大学生ですよ!)
そんな二人の絆はとても強いのです。私がパパに「弟が会いにくるよ」と言うと、いつも涙を流して喜ぶんです。そんな姿をみると、たまには私や子供たちに感動して泣いてもいいよと言いたくなるんですが。
でも今日、パパと弟の二人を見ていて思ったんです。女の私にはわからない男の絆がそこにはあるんだなと感じたのです。
帰り際、弟が小声でパパに「先生、僕の姉をよろしくお願いしますよ。」と
パパは、その弟の言葉に声を詰まらせ泣いてました。私は聞いてないふりをしていましたが、そこにパパの男として家族を守るということができなくなった悔しさやもどかしさが確かにあるんだと思い知りました。日々を過ごしていくことに精一杯の私の心には、そこまでのパパの思いがあるとは思わなかった。
弟とパパの心には師弟としてお互いを敬う優しさと男としてお互いが切磋琢磨しながら人生を切り開いていこうとする同志のような強い絆があるんだなあと思いました。
忙しいということで人の気持ちに気がつかなかったり。悪意のない口から出た言葉が人の心を傷つけたり。弟やパパをみて、またまた大切なことに気がつきました。
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パパの実家
ゴールデンウイークの一日目。特に予定もなく、家でゆっくり過ごそうと決めて朝から洗濯三昧。私の両親から朝早くに「苫小牧のおばさんちにいかないか?」と電話があり、子供たちが「行く!行く!」と。
いつもは出かけたがり屋の私なので「いいね。」と決まりなんですが、今日はパパもいるし、ただのドライブだからパパも疲れると思うし、でも急なことだからあずけるところもないしと思って。パパに「どうする?」と聞くと、めずらしく「疲れるから実家で待ってる方がいい」と。
パパの実家は歩いて5分のところにあり、77歳のお母さんが一人で住んでいます。パパが退院してきたときは、毎週土日にパパを預かってくれるといっていたのですが、夜の失禁などで布団が汚れたことが数回あり、潔癖症のお母さんは、いくら息子といえ耐えられなかったみたいなんです。迎えに行くと日中でも、紙おむつをはかせているくらいですから。お母さんも息子が倒れたことはショックだと思うんですが、高次脳機能障害という現実を受け入れないでいるんですよね。受け入れられない気持ちの矛先は私にむき、パパが倒れたのは、「私の責任」みたいな感じで入院中は私と病院で会わないように、お見舞いに来る曜日と時間まで決めていたほど、すごーく折り合いが悪かったんです。私も活性酸素でまくりでしたよ。
そんなこんなで「私にも生活があるから」といわれ、なんだかあずけにくくなっていたのですが、パパが電話したらやっぱり息子ですから、「いいよ」とOK パパはなんだかうれしそうに「おふくろともう4年ぐらいあってないなあ」と。せいぜい2、3ヶ月のことなんですが。こういうときやっぱり、パパの頭の記憶はどうなってるのと不思議に思ってしまうのです。
私が「夕方迎えにいくよ」と言い、ゆきがパパを実家に連れていきました。
帰ってきたゆきは「ママ、いろいろ忙しいので泊まらせてくださいって言っといたよ。たまにはいいんじゃない。」と。
しっかりもののゆきに乾杯。
ドライブの裏には、温泉あり?ご飯あり?と期待してたら、ほんとにドライブだけ。振り回された休日。すべては自分が選んだ道か。でもリフレッシュできました。

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コッピー
我が家に家族が増えました。その名も「コッピー」
グッピーではなくコッピーです。大きさはグッピーくらいで、見た感じは「めだか」みたいな魚です。小さな入れ物に3匹入って1280円。しかもお花やさんに売っていました。ゆきもゆうかも大ちゃんも「大事にするからお願い!お願い!」と。
3匹いるので、「ゆきぴー」「ゆうぴー」「たいぴー」と呼んでいます。
世話もえさやりぐらいなんですけど、子供ってすぐえさをやりたがるんですよね。だから、またけんかのたねが一つ増えたわけで。
「子供がほしがるからー」なんて言いながら、実は私もコッピーに癒されてます。
南の島でいろいろな魚を見たくて、学生のころ積丹でダイビングのライセンスをとった私。きれいな海なんですけど、見るのはホッケやうにばかり。秋口の冷たい海に皆がドライスーツで入るのに、私はウェットスーツ。この辛さも心に「南の島」があったから。積丹の夜の海でたこを発見したのが唯一の思い出。そんな思いでとったライセンスを生かすこともなく、妊娠生活。あっという間に子供が3人。
「子供が大きくなったら、南の島で」と思っていたら、パパが倒れてしまったし。
でもいんですよ。そんなもんです。
「そういえばそんなことを思っていたなあ」とコッピー見ながら、ふと思い出しました。
生き物っていいですね。大事に飼っていきたいです。

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母乳
24歳で長女を出産し、もう8年間母乳出っぱなしなんですけど。
3人とも自宅出産だったので、助産婦さんがいつもそばにいてくれたおかげで母乳育児も順調にいくことができました。長女のゆきは、まだ私の乳首が母乳専門ではなかったので、飲むのに大変苦労しました。よく夜中に泣いて、私が「ずーっと」抱っこしていました。パパはいびきかいて寝てるような人でしたよ。次女のゆうかは、ゆきが2年かけて飲みやすくしてくれた乳首を何の苦労もなく、産まれた瞬間から勢いよくすい始め、私の子宮のもどりもすこぶるよかったものです。
私の3歳上の姉がよく言っていました。「妹って何でも姉が苦労してつけた道をすんなり歩く」と。実際、姉は大学に行くことを経済的な理由から父に反対されたのですが、自分でアルバイトして交通費や家に少しお金をいれる約束で行くことを許されたみたいなんですよ。でも、妹の私は、姉が行ったんだから私も当然みたいな感じでした。
何か、産まれた瞬間の母乳を飲み始めるところから、私の姉は、やっぱり私の姉だったんだなあとしみじみと思いました。だから、よく姉は「ゆきの気持ちわかるわー」と。ゆきの良き理解者なわけです。
3番めの大ちゃんもゆうかと同じですんなり飲み始めました。もう下にはうまれることはないので、母乳を止めるタイミングがなく、もう2歳半。
私「大ちゃん、もうお兄ちゃんだからおっぱいやめようね」
大ちゃん 「えーなんで、ママのこと大好きなのに?」
私「ママも大好きだよー(親ばか風に)でもさー」
大ちゃん「ちょっとだけ(人差し指だして)」
私「えーでもーだめだよ」
大ちゃん「さわるだけ!さわるだけ!」
こんな、おばかな会話を楽しんでる私。おっぱいやめられないのは「私」?
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布団乾燥機
やっと札幌も暖かくなり始め「外に洗濯物を干そうかな」という気持ち満々になったのに、今日は朝から雨。夕方には気温も下がり「えっ!何この白いのはごみ?(雪と思いたくない)」というお天気です。
こんな日に限って、昨日の夜、私も早々に子供たちと寝込んでしまい、パパにオムツをさせるの忘れてしまいました。ガーン
朝5時頃に「はっ!オムツ」と目覚め、恐る恐る「パパおしっこどう?」と聞いたら「大丈夫だよ」私「ああ良かった!パパ治ってきたんじゃない?」と一安心して寝ようとしたら、パパがトイレに行こうとしてたんですよ。なんか「ピタピタ」足音するなあと思って見に行ったらシャツからパンツからベシャベシャでした。ベッドの防水シーツも見事に外れていてマットレスから掛け布団から全滅。
こんなことはよくある事なので、すぐに洗濯機を回し始めます。そして私の秘密兵器(最近気に入ってる)、布団乾燥機の出番なのです。
生協の共同購入で5千円位でで買ったんですが、とてもいいのですよ。マットレスも布団も、乾燥機で元通り、あとは適当ににおい消しのスプレーをシュッとひとふきしておしまい。いいんでしょうかこんなんで。私はけっこう適当な主婦なんで「とりあえずいいかなー」と思ってやってます。
パパも気にして意気消沈な感じ。これからは気にせずにに自分から「おしっこ出ちゃったよ」と気軽に言えるような環境にもっていけたらなあと思うこの頃です。
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回転寿司
今日は小学生のゆきも早く帰ってきたので、3時頃みんなでパパを迎えにいきました。パパの学校に着いて、私と子供たちで、パパがいつもいる理科準備室の掃除をしました。そのぐらいのことしかできませんからね。私は、心の中で「復帰できますように」と気持ちをこめて床を拭き、大ちゃんはなぜか顔がチョークまみれ、ゆきとゆうかはパパの机の中から文房具を大量ゲットして満足顔。とりあえずパパも含めみんなが自己満足なんだけど、なんかいい気持ちで学校を出ました。
みんなで迎えに行ったもう一つの目的がありました。それは回転寿司。
私の誕生日に東京のお兄さん(パパの実兄)から手紙と一万円が同封されてたんですよ。「弟が何もできないので感謝の気持ちです」と。
思ってもいなかった臨時収入で私は「欲しいもの買ってあげるよ!」と。ゆきは上下のジャージ。大ちゃんはゲキレンジャーの服、ゆうかはなぜか200円の「ガチャガチャでいい」って言い張るし。そして子供たちが大好きな回転寿司にいくことにしたのです。パパも子供たちも久しぶりの回転寿司に大喜び。平日の4時頃って空いてて、賑やかな子供たちを連れて行くのにはもってこいなんですよね。大ちゃんはほんとに寿司好きでマグロ、しめ鯖、サーモン、エンガワ、何でもござれという感じでよく食べてくれました。2歳児だったら、軍艦や巻物にしてほしいですよ。ほんと。でも、子供たちがおいしそうに食べている姿って癒されますね。私も今日は楽をさせていただきました。
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パパの気持ち
病気で倒れる前は、とても温厚で、怒鳴ることもしなかったパパ。けんかといえば、パパが飲みに行って午前様になるときぐらいでした。そんなパパが病気をしてから、「俺だっていろいろあるんだよ」と大声で怒鳴るようになったんです。衝撃でした。正直「怖い」と思いました。
やっぱり職場でも「やる気がない」「寝てばかり」とか言われ、家でも、「がんばって」光線が出ていたら、誰でも疲れてしまいますよね。私も反省しました。「失敗してもいいじゃない」「忘れたっていいじゃない」「生きているだけいいじゃない」と。
復帰までの期限が一年という短すぎる中で一番あせっていたのは、「私」じゃないかと思います。
「前向き、前向き」という言葉も自分が、パパと子供たちを支えていかなきゃという責任に耐えるために、唱えてなんとか心を明るくしようとしていたんですね。きっと。でも人間ってそういうものですよね。パパが怒鳴って、血圧上がってまた動脈瘤破れたら困るので、以前のように言い合いはできません。気を静めて寝かせます。でも寝たら怒鳴ったこと忘れてるし、がっくりです。そんなときはしっかり者のゆきの登場です。「パパ、ママに怒鳴らないで!ママかわいそうでしょ。みんなの心を一つにしてがんばってるんでしょ!(少し威張った口調)」そして私のところに来て「ママ、ちゃーんと言っといたから大丈夫だよ(得意げなお姉さん口調で)」って。子供にそんな心配させちゃってだめな親と思いながらも、「すごい!ゆき」と感謝しました。ゆきに言われたパパは、目からポトポト大粒涙。「前のパパとは変わっちゃったのかなあ」と聞いてみたら、「変わってないよ。同じだよ。」と。障害をもって元気な頃のパパと違うと思っていた私、パパに対して態度が変わったのはまたまた「私」だったか。パパの気持ちを考えさせられました。
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次女
土曜日は結婚式。日曜日は朝から真駒内公園の3キロコースをパパと2周してから、子供たちを迎えにいきました。あれほど、子供たちがいないと寂しくて、優しいママでいようと決心したのに・・・感動の再会してからまもなく、私はいつもの調子で怒っていました。3人いるといつも次女のゆうかがけんかの原因。私も次女で3歳上に姉がいて、2歳下に弟がいるので、ゆうかの気持ちはほんと痛いほど分かるのに。例えば、みんなでカルタをやっていても、ゆうかが取れないと、カードをぐちゃぐちゃにしてしまい、ふくれっつら。これってデジャブっていうんです
か?歴史はくり返すって言うんですか?20数年前、姉とやっていたオセロをぐちゃぐちゃにし、弟とファミコンやって負けそうになるとリセットおしまくっていた私と、ゆうかがかさなるのです。私の母も大変だったろうな。こんなに大変だったのかと身をもって知ることになったけどそれ以上に、ゆうかが素直に優しく育ってくれるように、「ママもゆうかと同じだったんだよ」とゆうかの気持ちを汲んで大事にしていきたいと思います。子育てって自分育てというけど、感情のままに怒っていてはなかなか難しいなあと反省しきりです。
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結婚式
昨日はパパの教え子の結婚式でした。1月頃に奥さんの紹介をかねて遊びに来てくれた際に、ぜひ先生に出席してほしいと言われ、パパは「おう絶対行くよ」となぜか涙ながらに答えて、私も一緒に出席することになってしまいました。正直「めんどくさいなあ」というのが私の本音。だってパパは次の日には結婚式があることも、奥さんと遊びに来てくれたことさえ忘れてるのですから。まだ4月までには時間があるしと思っていたら、あっというまに結婚式。6時から披露宴だったので、子供たち3人を実家に預けて、結婚式場にむかいました。パパは普段は7時頃には寝てしまうので、体力がもつか心配でたっぷり昼寝してもらいました。血圧のこともあるし私はすっかり気疲れ、パパはすっきり起きて(長生きするわー)、スーツにネクタイで決めてやる気満々な感じ。式場に着くとたくさんの教え子が「先生!」と。「大丈夫ですか?」と泣き出す子までいてびっくりしました。パパも家とは違うスイッチの入ったいい顔をしています。新郎君の両親もパパを見ると、3人で大泣きですよ。「先生がいなかったら、今の息子はない」って言われたので、私は本当にパパのことなんだろうかと思いました。まだ披露宴が始まる前なのに大丈夫かパパ。泣きすぎではないですか?パパも感無量だったのでしょう。乾杯のときに、私があれほど一口だけだよと念押ししたのに、「乾杯」の音頭とともにシャンパン一気飲み。薬もたくさん飲んでるし、あせりましたよ。2年ぶりのアルコールだし。「うまかった」と一言いったあとは、ウーロン茶だけでしたが。少しのアルコールは大丈夫だと思います
が、あとで具合悪くなったら誰が面倒みるんですか。本当に病識がないのも後遺症の一つなので自己管理ができないんです。でも、なんとか式も終わり、家に着いたのは9時すぎ。もうパパはふらふらでバタンキューでした。すぐにいびきをかき始め(長生きするわー)私は、なれないドレスとパンプスでずっと背筋のばしていたので、なんだか疲れました。ゆきもゆうかも大ちゃんもじじばばのおうちにお泊りだし。なんだか寂しい夜でした。そして、次の日、「昨日の結婚式覚えてる?」と聞くと(いつも聞くときは覚えてるかなとドキドキ)パパは小さな声で「覚えてない」と。こんなことのくり返し。一喜一憂せず日々たんたんと暮らすだけです。
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パパの病院?
知能検査の2回目。朝9時半から始まるので、8時に家を出ます。大ちゃんをじじとばばに預けて、地下鉄で行きました。パパも久々の地下鉄。通勤ラッシュの人ごみを避けるようにしてゆっくり歩きます。大通りで降りて病院まで歩いて20分。検査時間に余裕を持って受付をすませたところまではいいんですけど、看護師さんに呼ばれて、処置室に入り「血圧測ります」と看護師さん。私は「今日は知能検査だけなんですけど」看護師さん「測るなというなら測りませんよ。奥さん外にでてて」と。待合室で待てども出てこないし、「もう時間だから言語療法室に行かなくていいのかしら」とやきもきしていたら、看護師さんが「採血するかららもう少し待っててください」というんですよ。私も意味がわからなくて聞き返すと、私が採血の検査があるっていったというんで、私も「言ったのかなー?」と。なんか全然スムーズに行かなかったんですけど、とりあえず知能検査をうけました。私も帰ってきてから、もしかして
「ちのうけんさ」が「血の検査」に聞こえたんじゃないって、ふと気がついて一人でうけてました。(長くなりましたが一応、落ちです)
夜は、子供たちとちびまるこちゃんのドラマを見て大笑い。木曜日の夜の楽しみが一つふえました。
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誕生日
4月は私の誕生日。もうこの年になるとあまりうれしくないといいますが私は全然うれしいほうで、朝から天気もよくウキウキしていました。子供たちも「おめでとう」と言ってくれて、お手紙のプレゼントをたくさんもらいました。ゆうかの手紙は「ママすきだよ。ママはゆうかすきですか?」(なんかかしこまってておもしろい)って書いてありました。午前中は、ゆきとゆうかがケーキを作ってくれるというので、私がイチゴとももの缶詰と生クリームなど買出しにいき用意をしておきます。子供たちは3人とも11月生まれで、誕生日会は一回ですませていたのですが、最近は一人ずつやってほしいというんです。「いろいろ用意するの大変なんだよ」というと、ゆきが「じゃあケーキは自分で作るから」というので、すきにやらせたところ、結構上手に作るんです。それで私の誕生日にもケーキを作ってくれました。題して「フルーツいっぱいケーキ」私がパパを迎えに行ってる間に二人で、台所をごちゃごちゃにしてつくってくれました。ゆきは「ケーキがなきゃね」といいながら生クリームが苦手で、クリームはスポンジにうっすらと付いてるだけなんですけど「あっさりしてていいでしょ」って。晩御飯は焼きうどんだったんですけど、ケーキがあったので子供たちも「豪華だねー」と大喜び?パパはダイエットしてるので普段は食べないんですが、ケーキをむしゃむしゃ(ほんとにそんな音が聞こえてきそうな勢いでした)と食べてました。
二十歳のときは早く年をとりたいと思っていた私。年をとると一年がなんだかあっという間にたってしまう感じがします。改めて一日一日大事に生きようと思いました。寝るときに大ちゃんが「ママ、おめでとう」って。私もすっかり忘れていたので、またまた感動してしまいました。
「みんな、ありがとう。」
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パパの病院
今日はパパの高次脳機能障害の検査の日です。いわゆる知能検査を2日間にわけて一時間びっちり検査するのです。今日はその一日目です。具体的にどのような検査をするのかみることはできなかったんですが、パパが言うには、「図形の問題とか、計算とかで楽しかったよ。でも疲れたよ」と。でも、正直このような検査は、「意味があるんでしょうか?」と思ってしまいます。検査の結果を校長先生に提出しなくてはいけなくて今回検査することになったのですが。生活している過程のなかでは随分よくなってきて、繰り返すことで、できなかったことができるようになってきていることもたくさんあるのですが。去年の12月に記憶の検査みたいのをやって、結果は重度の認知症レベル。私のほうが落ち込んじゃって。だから、検査したくないのは私なんです。しかも今回は2日間。結果しだいでは、いま復帰にむけてやっていることが意味がないと思われるかもしれません。「回復の見込みなし。」とか「症状固定」とかいう説明を受けるたびに、落ち込んで。でも、「ここまできたんだし、さきのことはわからないよなー」と思うしかないですよね。札幌は久々に青空で、大通り公園を歩いて帰りました。風がつめたくまだまだ肌寒いんですが、検査を終えたパパは、なぜかすがすがしく、「今日は楽しかった」と。「どうして」と聞き返すと、「大通り公園も歩いたし、スターバックスにも行けたから」と子供みたいな感想だけど、なんだか私もとてもうれしくなりました。
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パパの病院
今日はパパの高次脳機能障害の検査の日です。いわゆる知能検査を2日間にわけて一時間びっちり検査するのです。今日はその一日目です。具体的にどのような検査をするのかみることはできなかったんですが、パパが言うには、「図形の問題とか、計算とかで楽しかったよ。でも疲れたよ」と。でも、正直このような検査は、「意味があるんでしょうか?」と思ってしまいます。検査の結果を校長先生に提出しなくてはいけなくて今回検査することになったのですが。生活している過程のなかでは随分よくなってきて、繰り返すことで、できなかったことができるようになってきていることもたくさんあるのですが。去年の12月に記憶の検査みたいのをやって、結果は重度の認知症レベル。私のほうが落ち込んじゃって。だから、検査したくないのは私なんです。しかも今回は2日間。結果しだいでは、いま復帰にむけてやっていることが意味がないと思われるかもしれません。「回復の見込みなし。」とか「症状固定」とかいう説明を受けるたびに、落ち込んで。でも、「ここまできたんだし、さきのことはわからないよなー」と思うしかないですよね。札幌は久々に青空で、大通り公園を歩いて帰りました。風がつめたくまだまだ肌寒いんですが、検査を終えたパパは、なぜかすがすがしく、「今日は楽しかった」と。「どうして」と聞き返すと、「大通り公園も歩いたし、スターバックスにも行けたから」と子供みたいな感想だけど、なんだか私もとてもうれしくなりました。
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大ちゃんの幼稚園
今日から2歳児のカンガルー組が始まりました。ゆうかの通っている幼稚園で月2回の日程で行われます。母子ともに参加して、ベテランの先生の指導で、いろいろな遊びをします。今日は手ぬぐいをボールにしたり、しっぽにして取りやっことか、そりにして競争したり、たくさんの遊びができるんだとちょっと感動しました。長女のゆきは年中さんから、次女のゆうかは年少さんから幼稚園に通っています。幼稚園に行ってる間に私もゆっくりしたいのが本音なんですけど、大ちゃんと最後の幼稚園を楽しみたいなと思って参加しました。で感想は3人目にして「たのしかったー」ゆきのときはあまり覚えていないし、ゆうかは、ちょうどパパが倒れたときだったので、ほとんど幼稚園におまかせというか、私もほとんど参加できない状態だったけれど、今日は心から、「げんこつやまのたぬきさん」を大ちゃんとにこにこで楽しむことができました。(姉の二人にはわるいけど)「あーあ大ちゃんもどんどん大きくなるんだな」と思ったら、ちょっと悲しいけど。まあいいわ。今限定で楽しむことにします。幼稚園の往復を歩いたので、とても疲れましたが、いい運動になりました。大ちゃんは意外と足が強く、一時間は歩けるんですよ。ベビーカーに乗ってくれないので、時間がかかって困るんですが。
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おしゃれ
今日は朝から雪。なんだか春のウキウキ感を消し去るような降りかたで、ウッドデッキにも5センチ位積もってます。晴れていると、「そわそわ」してすぐに子供を連れて出かけてしまう私には、今日の天気は「家の掃除をゆっくりしなさい」といっているような感じ。仕方なく掃除を始めて、次から次と気になるところに目がいって結構大変だったけど、トイレなんかきれいになると気持ちがいいですよね。でもきれいになった分、パパがトイレのたび便座を上げないでするので、私の目が光ります。ほんとなんで上げないのか私には分からないんですけど。もし、「日ごろのストレスなんですか」と聞かれたら、即座に「便座」と答えますね。最近は掃除をして運気上昇とかいう本もたくさんでていて、掃除の仕方とか、「なるほどー」と思えることも載っていて、勉強になります。掃除同様、今困ってるのが、子供たちの服の整理です。一応たたんでケースに入れても、毎日学校や幼稚園にきていく服を自分たちで、選んでは出しっぱなし。しかも、重ね着が流行ってるのか、ズボンとスカートとか、なんか数が多いし、私の時代には考えられなかった組み合わせ。ラブべりというゲームで子供たちのおしゃれな感覚が磨かれているのかしら。そんなことを思いながら、毎日着るものが決まっている私も、「たまには変えてみようかな」と思いながら、今は「せっせ」とたたんではしまってます。大ちゃんは男の子なので、かっこいい感じにしたいんですが、時々、ゆきとゆうかがスカートとか着せて遊んでるので、いまいち男っぽくない感じなんですよ。私が「大ちゃんおしゃれして出かけようか」というと、「えっ。スカート?」って目を輝かすくらいですからね。ゆきもゆうかも、これからは服の整理も少しずつできる女の子になっていってほしいです。
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パパの職場
変わってきましたパパの顔つきが。新学期が始まり、一日おきに職場に通っています。一人で歩いて近くのコンビニで校長先生と待ち合わせ。6時45分に出かけるために、自分で時計を見て準備をしています。前には見られなかったことです。私はパパが出かけた後、先回りしてパパがコンビニに到着して校長先生の車に乗るのを確認してから帰ります。そして3時くらいに迎えにいきます。パパは中高一貫の男子校の理科の先生なんですが、今は休職中で職員室には席がないので、理科準備室(倒れる前もよくここで仕事をしていた場所)で理科のノートをまとめたり、実験した後のビーカーを洗ったり、寝ていたりしています。同僚の先生もいてくれて、パパを見てくれているのですが、なんか学校ではやる気がでないのか寝てばかりみたいです。高次脳機能障害は見えない障害ともいわれ他の人にはどういう病気か分からないというのが現状かもしれません。家族でさえパパの態度や行動にイライラすることもあるくらいだから。でも同僚の先生に「もう病気は治ったのだからやる気が出ないのは自分に甘えているんだ」「寝てばかりで怠けてる」って言われてました。本当に涙をこらえているパパを見るのは辛かったです。でもその先生はとても心配して、また一緒に働きたいという思いで一杯なんです。パパに帰りの車で「学校に行くの辛くない?」って聞くと「言われるのはちょっといやだけど、言われなくなるのはもっといやだ。言ってくれるだけありがたいよ」と。新学期、私がパパを迎えにいくと、パパの机の前には、メモの山。「11時45分お昼を食べに、○○さんを迎えに行く」「教師辞めたくないなら、眠らない」とその先生なりにパパの接し方を考えてくれたんです。「元にもどることを考えるんじゃなくて、忘れたらメモを見て、くり返してできることを増やしていきましょう」って言ってくれました。自分の仕事で忙しいのに本当にありがたかったです。仕事が大好きで、長男が産まれてもこなかったパパ。生徒が大好きで、卒業生と飲みに行くと、娘が熱を出しても朝まで帰ってこなかったパパ。男の人には、家族のほかにも大事な場所があるのかもしれないなあと思ったりしました。
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過呼吸
この過呼吸には随分悩まされました。初めて過呼吸になったのはパパが倒れて一ヶ月たったころかな。主治医が病状を説明しているとき、なんか「息が吸えない」「手足がしびれてる」って感じてたら苦しくなって、先生が冷静に「はい、過呼吸ですね」「看護婦さん、袋持ってきて」と。そのときは、「疲れすぎてたのかな」と軽く思っていました。子供のときから健康に恵まれ、学生の頃は、自転車で支笏湖まで行ったり、ダイビングしたり、呼吸が苦しい経験はなかったものですから、いざ呼吸が苦しくなると、「死ぬんじゃないか」と慌ててしまうわけです。心臓悪いんじゃないかと、病院にいって検査をしても大丈夫、お医者さんは、「自立神経失調症じゃない?」「ストレスからなるんだよ」正直そういわれたときはちょこっとショックでした。でも、だれでもなりうるし、やっぱりストレスとうまくつきあっていかなくちゃと思ったり、でも思っても体は正直で、過呼吸にすぐなってしまうんです。そして、パパが倒れて8ヶ月経った頃、実家で過呼吸になって、慌てて、自分で救急車よんでしまったんです。私の父は「子供のために、気をしっかりもて」と励ましてくれるのですが、余計に「だめだー」と思ってしまって。「そんなこともあったなあ」と今思えるのは、夜中でも話を聞いてくれたり、両親や子供たちの支えがあったからです。自分で救急車呼んだ話を笑い話のネタにしてしまう私の娘のゆきは「みんな倒れたよねー」「家族の中でゆきだけだよ、倒れてないの」「大ちゃんも救急車のって、ゆうかは肺炎で入院し、ママは自分で救急車乗っちゃって」って言ってました。心と体のバランスがとれてこそ、健康を実感できるのかもしれません。心が元気ないときは、バランスのとれたおいしいものを食べて、体を元気にしたら、心もついてくるような気がしました。
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ストレス解消法
「もう」金曜日ですね。最近は時間が経つのがとても早く感じます。学生の頃は、授業や実習に追われていても、「やっと」金曜日という感じでしたが。でも、子育てや介護に追われていても、日記を書いて気持ちを整理することで、とっても充実しています。子育ても子供の成長とともに手もかからなくなって、パパも今より良くなってることを思えば、今だけの忙しさも逆に貴重?かなと思ったり。でもやっぱり、人生には楽しみが必要です。私の一つ目の楽しみは、スターバックスでコーヒーを飲むこと。なんか外国に行ったような気分がするんですよね。ほんとは一人で行きたい所だけど、なぜかぞろぞろと子供3人引き連れて「今からママの時間だから。お願いコーヒーゆっくり飲ましてね」って念を押して、席に座り、私も上機嫌でカプチーノを頼むところまではいつもok
なんですが、カプチーノの上の泡をめぐり、「ずるー」「いたい」「おさないで」「ぎゃー」「やめなさい」これじゃもう他の外国気分に浸ってる(私だけ?)お客さんに悪いのですぐ退散します。だいたい私の海外旅行は15分くらいですよ。二つ目の楽しみはアメリカドラマ。私のアメリカドラマ暦は長いですよ。中学生のときビバリーヒルズ高校・青春白書に始まり、中高6年間女子校だった私は、男女のことはこのドラマで学んだといっても過言ではないかも。そしてドラマの経験を生かすこともなく、高校生活は終わり、浪人し予備校で初めての男女共学。初日の授業中に鼻血出したのは忘れもしません。次に、はまったのはフレンズ。これも10年の歴史がありますよ。とっても愉快で面白く、笑えるのがいいです。
人生には苦しいとき、不安なとき、そのことをずっと考えてても、時間しか解決できないときがあるので、やなことを一時的に忘れて、ぱっと笑って、少しでも気が楽になったら、また前にすすめるのかなと思ったり。
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新学期
新学期が始まりました。ゆきは2年生、ゆうかは年長さん、大ちゃんはカンガルー組、パパも出勤いたしました。パパはあと一年の間に教諭として復帰できなければ解雇になってしまいます。脳関連のいろいろな本に回復するには、少なくても5年位かかると書かれています。あと一年、完全復帰は難しくても、パパの意欲や頑張りが実って欲しいと願っておくりだしました。病気のために注意力も落ち、車の運転は無理なので、朝は7時に校長先生が近くのコンビニ(家から1キロ位)まで迎えに着てくれます。コンビニまで迷わないでいけるように毎日練習したので、6時45分にパパが一人で出かけます。一人で出かけるのは初めてなので、私はドキドキでしたが、私の心配性がパパの社会人としての回復を遅らせてるのかもと思い、「なんとかなるさ」と送り出しました。5分位経ってから、急いで自転車にのり追いかけましたけどね。本人はまったく気がつかないで、時折、腕時計をみながら、歩いていました。私は探偵のような気分で(朝からちょっと怪しい人)コンビニに先回り、「きたきた」私の心配をよそにパパは「あらきよちゃん、どうしたの」と。
まずは初日、パパ、ゆき、ゆうかを無事に送り出し、ほっとしました。
後はパパを迎えに行く時間まで、大ちゃんとデートでもして過ごそうかなと思います。倒れる前まで、男は働きに行くのは当たり前と思っていた私、パパが家にいると「うざいなあ」と思っていました。でも、当たり前と思って生活していることがとてもありがたいことだったんだなあと実感しています。
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言葉
私の心に残っている言葉は、「口からでる言葉はその人自身なんだよ。」と母に言われた言葉です。たぶん悪い言葉使いはやめなさいと言いたかったんでしょうが、いったん身についた言葉使いは、意識しなければそう簡単になおるものではありません。今でも、子供を怒るときはきをつけるんですが、やっぱりだめなときもあり、すごい剣幕で怒鳴ってしまうんですよねー。この前なんか、ゆきとゆうかを怒っていたら、隣で聞いていた大ちゃんが「どららー」「でららー」ってなんか私の真似してる?みたいな感じで言っていたのが結構ショックでした。
「沈黙は金なり」って言うことわざがあるけど、本当にそのとおりな時が人生にはありますよね。あと、よく悪気はないんだけど、思ったことをバンバンいって知らずに相手を傷つけてしまったりと。この悪気はないって言うのが曲者ですよ。でもここで言いたいのは、元気のないとき励まされる言葉とか、自分が不安なときに「大丈夫」「前向き前向き」「できる」とかプラスの言葉を声に出すとなんだか元気がでるというのは、やっぱり言葉のもつ力なのかなあと思います。そんなこんなで、家族の合言葉は「前向き、前向き、positive,positive」なんです。
ちょっと恥ずかしいですが、歩いてるときにパパと言い合っています。
大きい声だとききますよ。大ちゃんも覚えちゃって、「まめむきまめむきぽじぽじ」と言ってますし、ゆきは水泳のテストで緊張を解くために言ったら合格して「まま、全然緊張しなかったよ、ありがとう」っていってくれました。いい人生を送るためにもいい言葉を使いたいと思うこの頃です。
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温泉?
ゆきやゆうかや大ちゃんの楽しそうな顔を見れて、ほんとに楽しかった温泉。夜も寝る前にゆきと二人で入った温泉でゆきがこんな言葉をいってくれました。「ママ、ママが明るいから、ゆきたちなんでも頑張れるんだよ」と。ゆきを授かった温泉で、7年後にこんな勇気がでる言葉。「ありがとうゆきちゃん」
私に本当にあたわった人生なんだなと思います。高校のとき読書が好きで特に千葉敦子さんの著書に夢中になったときがありました。乳がんで亡くなったのですが、乳がんに侵されても前向きな生き方に感銘したのを覚えています、その中に「人間は困難にであったとき、困難に向き合い自分が成長するための糧だと捉えなければ成長しない」なんだみたいなことが書いてあって、とてもこころに残っていました。
世の中にはいろんな人がいていろんな苦労を抱え、それでも前向きに頑張っている人がたくさんいます。私も「自分だけじゃない」と思って日々過ごしてます。
そんなことを見つめなおした今回の温泉旅行でしたが、朝おきたら、パパが目を開けて布団にくるまっています。声をかけても返答なし。「へんだなー」と思ったら的中。大量のおしっこ。オムツも防水カバーもつけたのに・・夜中の3時頃トイレに行かせたのに。クリーニング代金7000円最後の最後にがっくりきて、パパに怒ってしまいました。「せっかくみんなで来たのに、一人で暗くなっててなんなの」「もう絶対こないから」と。
帰ってきてから、パパの日記にはこう書いてありました。「4月5日とうや湖が大変美しくきれいでした。静かできれいな青い湖。波もなく穏やかな湖です。楽しい湖でした。」と。
またいつかみんなで行きたいです。
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温泉?
家を出発してから高速とばして一時間半くらいかな。「かに太郎」に到着。おじさんやおばさんがパパをみて「だんなさん元気になってよかったね」とあたたかい言葉をかけてくださり、パパも感激で泣いちゃいました。ゆきは「ママ、かに飯全部たべるから」と一人前をぺろり。大人でも結構な量なのでおじさんも驚いてました。実はかに飯のためにゆきは朝ごはんを食べなかったのです。かに好きの大ちゃんはご飯の上のかにばかり食べて、わたしのかにがなくなるとじじやばばの膝に移動しています。パパは黙々と食べてました。日ごろパパは記憶に留めるように日記やメモをつけるようにしているのですが、書くことすらいつもはわすれているのに、食べ終わった後自らメモ帳を取り出しなにやら書いていました。パパもそれなりに楽しんでくれているのかなと思いました。帰りにおばさんの漬けたつけものをたっぷりもらい、目的地の洞爺観光ホテルを目指します。洞爺観光ホテルはたぶん長女のゆきを授かったところなんで、わたしにとったら思い出の場所なわけで・・。今回偶然にもじじが「予約したよ」といってびっくりでした。でもパパはおぼえていないだろうな。やっぱり、普通にけんかしたり、話したりできなくなったのが一番寂しいな。さて、気を取り直して行きましょう。
ホテルについて、早速温泉に入ります、到着するまでテンション低いパパもじじと一緒に温泉へ。みんながめいめい楽しんだ温泉。私は、子供とパパをじじとばばに見ててもらい、岩盤浴をしてみました。腹ばいで5分仰向けで10分を休みながら、2-3回くり返したのですが、最後は顔から腕から大汗でて、日ごろのストレスから解放されて最高にリフレッシュ。夕食もおいしくいただきました。ああ本当に両親に感謝です。
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温泉?
4月4日から一泊で洞爺湖温泉に行ってきました。私の両親がパパも気分転換にと家族まるごと連れて行ってくれたのです。子供たちは一週間も前から、温泉に行くのを心待ちにして、ゆうかはリュックになにやらいっぱい詰め込んでます。パパは温泉が大好きで、元気な頃は、子供たちが車で寝れるようにして、週末になると温泉地めぐりをしていました。朝早くでかけて、夜遅く高速にのって帰ってくるのです。お気に入りの温泉は虎杖浜温泉。ほんと毎週のように通ってた温泉。まずは「かに太郎」で腹ごしらえ。おじさんとおばさん二人でやってるんだけどかに飯がとってもおいしいのです。かに飯についてくる味噌汁も最高。すぐそばの海で採ってきた海草やおばさん手製のいも団子が入っているんですよ。値段も500円。信じられない。ちょっと余裕のあるときは
「かに定食」おじさんが食べやすいようにかにに包丁を入れてあってむきやすいのはもちろん、かにの身がしっとりしていて言うことなしで
1200円です。そして、かに太郎の向い側の王将という温泉やスパランドでゆっくり過ごすのです。虎杖浜の温泉はほんとに温まりますよ。
ということで、今回は、虎杖浜を経由して、子供たちが大好きな「かに太郎」によってから洞爺湖をめざします。いつも行ってたルートで行くのはパパに思い出してもらいたいからなんですけど、実際に海や山をみたら脳細胞も喜ぶかもって期待してたんですよ。でもパパは行く前は元気だったけど、車にのってから着くまで、テンション低くすぎでした。「やっぱり小旅行はまだ早かったのかしら」とちょっと不安をかかえた出発でした。
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デイケア
自宅に退院してきたパパは、介護保険の認定調査で介護度3に認定されました。デイケアとは老人保健施設で行っている通所サービスのことです。一日の流れとしては家の前までバスで迎えに来てくれて、施設へ到着したら入浴、リハビリ、昼食、趣味活動、バスで午後5時頃帰宅します。やはり、利用されている方が高齢なので主人は嫌がるんじゃないかと思いしばらくは介護保険のサービスを利用しないでいました。でも主人の介護で、精神的に疲れがたまり、子供たちに苛立ち、怒ることも多くなり、子供たちにも悲しい思いをさせて、主人にも言葉で辛くあたって、自分も自己嫌悪に陥ったり悪循環になりました。きっとなんでも自分で頑張ろうと思っていたんですね。そこで主人にデイケアのことを話したら、あっさり「行きたい」と即答でした。主人も私に迷惑かけたくないと思ってそう言ってくれたんだと思います。趣味活動では革細工と陶芸をやっています。今では週2回のデイケアの日が楽しみな様子で、行く日は、自分から身支度を整えるんですよ。私も自分で頑張るのではなく人の手を借りることで随分、心に余裕ができました。これからの高齢化の日本は介護の問題が山積みです。介護する人される人が希望の持てる社会であってほしいと思います。
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奇跡の日
3月2日と4月2日・私はこの日を幸運の日と思っています。2年前の3月2日に主人が倒れてから、一ヶ月間は生命の予断が許されない状況であったので私は、こどもたちを祖父母に預けて毎日主人の元へ通っていました。主人は子供たちの前で倒れたので、5歳のゆきも3歳のゆうかもお父さんが大変なことになってるというのは感じていたと思います。だから私も子供たちの前では泣かないぞと思い、病院の行き帰りの車の中で声だして「わーんわーん」って泣いてたなあ、そういえば。本当に悲しいときってこどもみたいに「わーん」ってなくんだなと思ったのをおぼえています。そんな生活が一ヶ月。気持ちはやっと一ヶ月乗り切ったという感じ。パパも子供たちもよくがんばったという中、4ヶ月の赤ちゃんだった大ちゃんが、4月の2日に救急車で市立病院に運ばれました。救急車の中ではもうぐったりし痙攣をくり返してました。病院に着いていろいろ検査し、敗血症になっていて危ない状況と医師からいわれました。もう怖くてしかたがなかくて、こんなときにパパがいてくれたらと思ったけど、母親がしっかりしなくてどうするって思って病院で大ちゃんとママでがんばりました。原因は先天性の膀胱尿管逆流症で腎臓に尿が逆流して、そこに尿路感染していたのです。次の日背中から両方の腎臓に管をつける手術をしました。「本当にごめんねだいちゃん」と思いながら泣いた日。あと一日遅かったら、今のやんちゃな大ちゃんの姿がないと思うと4月2日は奇跡の日だったのかもしれません。
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日曜日
晩御飯も終わり、ちびまるこちゃんやサザエさんが始まり、私もやっと一休み。日曜日の夕食はいつもより早めです。晩御飯は子供たちの大好きな手巻き寿司。みんなニコニコで食べてくれました。
今日は実家に子供を預けて、パパと少し長い距離を歩きました。なぜそんなに歩くのかというと、主人は今2年間の休職中で、6月から無給になるんですがあと一年職場に籍をおけるので、復帰したいという思いからがんばっているんです。元の主人に戻ることは無理かもしれないけど、一年一年良くなっていくと信じています。それが一年で復帰できなければ解雇という現実は主人にとって辛いことです。子供もまだ小さいし何とか復帰したいという気持ちもひしひし伝わってきますが、でも現実に、今日あったことが思い出せなかったり、歯を磨きに行くといって、パジャマのまま吹雪の中出て行ったり、ハラハラの毎日なのに・・意外と主人は前向きなのかすぐ忘れてしまうからなのか「だめもとであと一年がんばる」というので歩いてます。何をしたら良くなるのかわからない手探りの毎日だけど、主人にとったら生きてることが奇跡なので、明るく生きていくことが一番のリハビリなのかもしれませんね。そんなパパは、歩きながら選挙カーがとおるたびに手を振るので、私は少し離れて歩きました。
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